日本微小循環学会・元理事長 土屋雅春先生におかれては、平成13年4月7日肺炎により逝去された。 先生は昭和3年4月8日のお生まれなので、72年間を1日も残さず過ごされたわけである。 また、最後のご入院(3月23日)直前まで北里研究所病院で診察を続けられた先生の病室には、患者のお見舞いが絶えず、最後まで患者のために尽くされた生涯で、恩師山口與市先生の流れを掬み、それを身をもって実行した信念の人であり終生曲げる事がなかった。この間、昭和57年(1982年)に食道、平成7年(1995年)には腎臓と2度にわたり病魔に見舞われながらも不死鳥の如くに復帰されたが、私共の必死の願いも叶わず、不帰の人となられた。 ここに先生を偲びつつ微小循環とのかかわりを紹介したいと思う。
土屋先生は昭和28年3月慶應義塾大学医学部を卒業された。山口與市先生の教えを受けフランス医学のすばらしさに触れ、同32年9月にはフランス政府招聘留学生としてパリ大学クロードベルナール病院で自律神経の病態生理学的研究に勤しまれた。 この時の師がJames Reilly博士で、その名と共に冠たる 「レイリー現象」の研究は先生の終生研究テーマになったのは周知のところである。 先生がかくも「レイリー現象」に打ち込まれたのはその学問的卓抜さがあったのは言を俟たぬところであるが、同時にレイリー博士の為人を限りなく尊敬しておられたからと思われる。 Reilly博士から読むよう勧められた一編の論文が今日に至るまでの約40数年の土屋先生のライフワークとなった微小循環学の礎になるものであった。 それが1944年 American Journal of Anatomy に掲載されたChambers & Zweifach の微小血管構築の概念を示した論文である。
その後、昭和46年8月10日(1971年)に発起人、東 健彦、浅野牧茂、三島好雄、中山 龍、の諸先生と諮って“微小循環研究者のつどい”を設立する。この研究会は基礎、臨床を問わず生体各所の微小循環系について意見交換を行う場であった。 第1回「微小循環研究者のつどい」(昭和51年2月14 日)から26回まで開催し, その間Tokyo International Symposium on Microcirculation(1981.7.26, 笹川ホール)、Symposium on INTRAVITAL OBSERVATION OF ORGAN MICROCIRCULATION (1983.6.18, 東海校友会館)を主催し、The 4th World Congress for Microcirculation in Tokyo (1987.7.26〜8.2 , 京王プラザホテル) が東京で挙行され世界27カ国から外人440人程、国内より500人が参加したのは記憶に新しいところである。
本研究会は昭和60年2月16日(1985年)に「日本微小循環学会」へ発展したが、これも土屋先生がおられなくては不可能な事であったと考えられる。
昭和52年1月に慶應義塾大学医学部教授に御就任以後、平成6年3月定年退職(同年4月名誉教授)されるまで、消化器内科を主宰された。 この間自律神経学会、消化器病学会を含め多くの分野で学会長を勤めるなど多大な貢献をされた。 しかしながら、特筆すべきは微小循環及び消化器免疫学の分野で共に逸早くその重要性を認識されて研究会を発足させ、更に学会へと発展させたのは、時代に先んじた先生の慧眼と申す以外言葉がない。
尚、本学会は研究会の時代からその都度、発表内容をモノグラフとして保存している。 日本語プロシーデイングは第1回から10回まで循環器科(科学評論社)、英文プロシーデイングは2回から6回まで一括Basic Aspects of Microcirculation(Excerpta Medica ISC578) , 1,7,8回はMicrovascular Research(Editor:Prof.Shepro), 9回Heart and Vessels, 10回Microcirculation annual 1985 (Excerpta Medica CCP37), そして11回1986年から30回2005年までMicrocirculation annual として出版してきた。 このように紆余曲折がありながらプロシーデイングをまとめてきたのは「発表したら必ず記録として残さなければならない」という、先生の主義が反映されたものでその成果を見る時改めて土屋先生の強力なリーダーシップに頭が下がる思いである。
日本とフランスの医学交流、そして昼夜をいとわず無償にて在留フランス人の診療にかけまわり、フランス政府は土屋先生の献身に対し、Legion d'Honneur 勲章をもって報いた。 自律神経系過剰興奮と微小循環系擾乱をキーワードとした土屋浸襲学を確立しその偉業によりフランス医学アカデミーの殿堂に屹立す。
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土屋雅春先生 略歴
昭和 3年 4月 8日 | 新潟県佐渡に生まれる。 |
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昭和 28年 13月 | 慶應義塾大学医学部卒業 |
昭和 29年 5月 | 慶應義塾大学医学部内科学教室入局、助手 |
昭和 32年 9月 | フランス政府招聘留学生 パリ大学クロードベルナール病院(自律神経の病態生理学的研究) |
昭和 34年 4月 | 医学博士号取得 |
昭和 39年 4月 | 慶應義塾大学医学部内科学講師 |
昭和 39年 6月 | 北里賞 受賞 |
昭和 49年 4月 | 慶應義塾大学医学部内科学助教授 |
昭和 52年 1月 | 應義塾大学医学部内科学教授 |
昭和 55年 12月 | Legion d' Honneur (レジオン ド ヌール) 勲章受賞 |
昭和 60年 2月 | 日本微小循環学会理事長 |
平成元年 10月 | フランス医学アカデミー会員 |
平成 5年 11月 | 慶應義塾賞 受賞 |
平成 6年 4月 | 慶應義塾大学名誉教授 |